今日はDVD「茶々 天涯の貴妃」をレンタルして、午後、のんびりとみていたのじゃが……感想とコメントはいっさい差し控えて、とりあえず今回は「豊臣秀頼の父親は誰か?」について下世話な話をしたいと思うぞ。
秀吉には側室がたくさんいたが……
淀殿こと茶々を演じた和央ようかさんは、さすが宝塚出身。信長を思わせるような赤いマントを翻し、秀頼といっしょに家康に抗戦を告げにいったりするんだけど、どうせ、そこまでやるんだったら、いっそ、一戦交えてほしかったかも。
それと淀殿の妹役。初が富田靖子さんというのはまだしも、江が原田美枝子さんっていうのはさすがにきつい。へたすりゃ、お母さんにみえるぞ。
まあ、わしの場合、大河ドラマ「功名が辻」で茶々を演じた永作博美さんの印象が強すぎなんじゃ。今際の際の秀吉の枕元で、お市になりきり、「茶々が生んだ子は豊臣の子ではない。天下は織田家が取り戻した。早う逝きなされ、猿」と言い放って止めを刺したシーン。怖いのう……
永作さんの淀殿を引き合いに出すまでもなく、いつも考えてしまうのは、秀頼の父親はほんとうに秀吉なのかということ。秀吉は正室のおねはもちろん、淀殿以外の側室との間でも子どもができなかった。
近年では、秀吉は長浜時代に、南殿という側室との間に石松丸(秀勝)と一女をもうけたという記録があるらしいが、このあたり、はっきりしたことはわからない。かりにそれが事実だったとしても、それは若き日の秀吉の話じゃしな。
ちなみに秀吉の側室は淀殿、南殿の他にも……
- 松の丸殿、京極高吉の娘)
- 摩阿(加賀殿、前田利家、まつの娘)
- 三の丸殿(織田信長の娘、蒲生氏郷の養女)
- 姫路殿(織田信包の娘、信長の姪)
- とら(三条殿、蒲生賢秀の娘で、氏郷の妹)
- おくふ(備前殿、宇喜多直家の正室で秀家の母)
- 広沢局(名護屋経勝の娘)
- 嶋女(古河公方の分家 足利喜連川家の娘)
- 甲斐姫(成田氏家の娘。忍城攻防戦で勇猛果敢に戦った美女)
- 南の局(山名豊国の娘)
- お種の方(地侍の娘)
もちろん、名前も残されることなく手をつけられた女性もたくさんいたはず。にもかかわらず、秀吉との間に子はひとりも生まれていない。
少なくとも竜子とおふくは秀吉の側室になる前に子どもを生んでいるし、お種も後に伊達政宗、さらには鬼庭綱元に下賜され、一男一女を生んでいるから、原因は秀吉の側にあると考えるのが自然。
じゃが、淀殿は豊臣秀吉の側室となると、23歳で捨(鶴松)を産む。鶴松が早世すると27歳で拾(秀頼)を産んでいる。こう考えると「秀頼は秀吉の子ではない」と思われてもしかたがないし、少なくとも現代であれば、週刊誌が絶対に黙っちゃいないネタであることはまちがいないわけで。
やはり怪しいぞ、大野治長
では、週刊誌記者ふうにさらに下世話な推測をすると……父親はやはり、幼なじみで大蔵卿局つながりで大野治長か?
実際、当時もそういう噂はあったようで、毛利輝元の要請で秀吉没後の中央の動きを探っていた内藤隆春の書状にもこうある。
一、おひろい様之御局をハ大蔵卿と之申し、其の子二大野修理と申し御前の能き人に候、おひろい様之御袋様と共に密通之事に候か、共ニ相果てるべし之催にて候処に、彼の修理を宇喜多が拘し置き候、共に相果てるに申し候、高野江逃れ候共に申し候よしに候、
このあたりの疑惑は、朝鮮官人の記録『看羊録』にも記載があるし、当時、すでに人口に膾炙していたことは間違いないじゃろう。
なお、秀吉は自分の死後、家康と淀殿が祝言をあげ、秀頼が成人するまでは政事を貢献するよう遺言していたという。そこで家康はこれを履行しようとしたが、淀殿がこれを嫌がり、大野治長が祝言直前に淀殿を連れて高野山へ逃げ、祝言はご破算になったという。この事件は『多聞院日記』に記載があるが、真偽のほどはよくわからん。じゃが、淀殿と治長とのただならぬ関係を匂わせる事件ではある。
当の秀吉はどう考えていたのか
さて、こうなってくると気になるのは、こんな噂がたっている中で、当の秀吉はどう思っていたのかということじゃ。もちろん面と向かっていう人はいないと思うが、秀吉ほどの男が、そもそも秀頼が自分の子かどうか、全く疑いをもたなかったとは思えない。
年をとってもうろくしていたなんてことは、まさかないと思うんだが、盲目的に信じて親馬鹿になるしかなかった、といったところかもしれぬ。やっとこさ側室にした淀殿が生んだ子が、じつは自分の子じゃないなんてバレたら、天下人としての沽券に関わるからのう。
秀吉は関白・豊臣秀次の娘(槿姫とも呼ばれるが不詳)を秀頼と婚約さ、政権継承を模索する。織田信長系の血を継ぐ子が跡継ぎになれば権威にも箔がつきも、豊臣家は安泰と考えたのじゃろう。。
もしそうだとすれば淀殿にとってはしてやったりじゃ。考えてみれば、秀吉は父・浅井長政、柴田勝家、母・お市を殺した憎い男である。普通に考えれば側室なんぞにならんじゃろう。豊臣の天下をごっそり自分が産んだ子に継がせれば、これ以上の復讐劇はないじゃろう。もっともこれにはなんの根拠もない。すべては歴史の闇の中じゃがな。
……てなことを考えれば考えるほど、永作博美さんのが演じた淀殿はおそろしいのう。