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うつつなき太守(なりきりです)による歴ヲタの備忘録

市河助房〜「逃げ若」にも登場、時行と戦った信濃の武将

市河助房(「逃げ上手の若君」より)

市河助房(「逃げ上手の若君」より)

さて、今回は信濃国の武将・市河房助についてじゃ。アニメ「逃げ上手の若君」では、あの「キター!」という織田裕二ネタで著名な山本高広さんが声をつとめるようじゃな。山本高広さんって、声優だったのか? それはともかく、小笠原貞宗とともに時行の前に立ちはだかる市河房助について紹介しておくぞ。

なお、小笠原貞宗についてはこちらも読んでもらえたら幸いじゃ。

市河氏の出自

まずは、この市河氏の出自についてじゃ。市河氏は甲斐国の出身といわれおる。江戸後期に編纂された『甲斐国志』によれば、市河氏は甲斐国巨摩郡市河荘(現・山梨県西八代郡市川三郷町)を本貫地としたという。また『新編武蔵風土記稿』では、市河氏の祖は甲斐源氏で、源義光の子・武田義清の弟である市河別当刑部卿阿闍梨覚義を祖としている。

鎌倉時代の中期には信濃国に進出、地頭職をつとめていた中野氏(源頼家親衛隊の中野能成が有名じゃな)と婚姻関係を結び、高井郡志久見郷を治めるようになる。鎌倉が滅び、南北朝から室町時代には北信の国人が守護や幕府に反抗を繰り返す中で、市河氏は一貫して北朝方、幕府方、守護方として活動した。

戦国時代には、越後に近接するにもかかわらず武田方に属して戦った。じゃが、武田氏の滅亡後は上杉氏に属し、会津、米沢へと移り、江戸時代を経て明治維新を迎えている。その後は陸軍屯田兵として北海道に移住したそうじゃ。

ところで、市河氏といえば「市河文書」が有名じゃな。この文書は平安末から戦国まで、信濃国における市河氏の動向を記した文書である。木曽義仲下文が含まれるなど、たいへん貴重な武家文書として史料的な価値も高いとされているぞ。

市河助房と中先代の乱

さて、市河助房のことじゃ。助房は元亨元年(1321)、父・盛房から総領職をつぐ。 一時、近隣の中野氏と土地をめぐって揉めていたが、元弘2年/正慶元年(1332)には鎌倉の裁定によりその所領の1/3を譲り受けている。

元弘3年/正慶2年(1333)5月、新田義貞が鎌倉幕府を倒すと、弟の市河経助、甥の助泰はこれに合流した。助房自身は足利高氏に面会し、そのおかげで建武政権では早々に知行を安堵されておる。市河もまた諏訪神党であり、少なからず北条の恩を受けていたはずなのに、まったく機を見るに敏なやつじゃ。

じゃが、ご存知の通り、建武の新政は評判が悪く、そのため北条与党を全国で反乱が起こり始めた。特に信濃国は北条のとの縁が強い地域であったゆえ、建武政権に靡かない者どもが少なくなかった。「逃げ若」でも中央から派遣された国司・清原信濃守なる麻呂の横暴に信濃の保科党や四宮党の怒りが爆発する場面が描かれていたじゃろう。これらはいずれも中先代の乱の導線となっていくのじゃが、そうした中で助房ら市河一族も信濃守護の小笠原貞宗とともに、しばしば鎮圧に兵を出しておったんじゃ。

市河助房は建武2年(1335)3月、水内郡の北条与党である常岩氏を攻めた。そして16日には筑摩郡府中に不穏な動きがあるとのことで浅間宿に参陣した。これらはいずれも後醍醐天皇の綸旨に基づく動きである。

そして7月、諏訪氏や滋野氏に擁立されて北条時行が挙兵する。時行軍は埴科郡船山の守護所を激しく攻めたてた。このとき助房は再び小笠原貞宗に合流してこれを迎え撃っている。埴科・更級両郡での激戦の様子も「逃げ若」にある通りじゃ。

市河一族のその後

勢力を拡大した時行軍は一気に鎌倉を奪還した。じゃが、足利尊氏の素早い動きにより、あっけなく鎮圧され、諏訪頼重は自害、時行は逃亡する。そして時行軍を破った尊氏は後醍醐帝に反旗を翻したのはみなも知るところじゃ。

こうした中、市河一族は小笠原貞宗とともに足利方に与して戦いを続ける。延元2年/建武4年(1337)には新田義貞を越前金ヶ崎城に攻めたという記録もある。

南朝延元二年一月一八日(1337)是より先、足利尊氏、高師泰・村上信貞等をして、新田義貞の軍を越前金崎城に攻めしむ、是日、市河親宗・同経助・同助房代小見経胤等、同城攻撃にあたり、師泰・信貞等の軍に属して、勲功を顕す、尋で、屢戦功を樹つ(「市河文書」)

助房自身は興国4年/康永2年(1343)、子の頼房に家督を譲り、以後の表舞台から消えている。市河一族は観応の擾乱では直義派の上杉氏に与し、尊氏派の小笠原氏と対立、高梨氏と戦っている。じゃが、上杉氏が尊氏派に帰順すると市河氏も小笠原氏に服し、北朝方に復帰している。

ちなみに、南北朝の内乱は一般に約60年続いたとされているが、信濃国ではその終息までさらに20年が費やされている。内乱の始まりも、終わりも信濃ということで、なかなか複雑な土地柄なのかも知れぬな。

最後に……「逃げ若」の市河助房は第2巻に登場する。諏訪頼重の領地没収を命じる後醍醐天皇の綸旨を盗むために小笠原邸に潜入してきた北条時行と風間玄蕃と、人並み外れた聴力を武器に激闘を重ねておるぞ。小笠原貞宗の「千里眼」に対し、「順風耳鬼」と異名が付けられているが、もちろんこれは原作者・松井優征先生によるキャラづくりである。

じゃが、機を見るに敏な助房にはピッタリかもしれぬ。信濃守護である小笠原貞宗とは主従関係でもないのに、貞宗をつねに立てる態度も、史実の貞宗と助房の関係性からしても納得じゃな。