先日、本棚の整理をしていたところ、月刊「松下村塾」なる雑誌が出てきた。2004年の刊行とあるから、ちょうど10年前のものじゃ。
それにしても、すごい雑誌じゃ。「人生応援マガジン」とあるが、普通の人はこんな雑誌は買わないぞ。わしは変人だから買ったけどな。
A4変形サイズで全12巻。残念ながら最初の5冊しか購入していなかったようじゃが、松陰先生のありがたいお言葉を随所にちりばめながら、久坂玄瑞、高杉晋作、吉田稔麿、入江九一、前原一誠など、松陰門下生を一号ごとにビジュアル満載で特集している。
記念すべき第一号には、当時、自由民主党幹事長代理・党改革本部長だった若き安倍晋三氏が、応援メッセージを寄せていた。安倍総理は長州の出身だから、まあ、当然か。
今回の大河ドラマが幕末の長州を舞台にしたのには、安倍総理の意向が強く働いたという噂を聞いたことがある。真偽のほどは知らんが、ここのところ「八重の桜」「新選組!」などのおかげで、長州藩が少々悪者にされがちじゃったから(というか、はじめて歴史の両面に光が当たったというべきか)、そろそろ長州視点があってもいいだろうなと思っていたし、それ自体に問題は感じない。
じゃが、「花燃ゆ」をみていても、吉田松陰や松下村塾の塾生たちが単なる目立ちたがり屋のお騒がせ集団にしか見えないんじゃよ。東出昌大さん演じる久坂玄瑞なんて、たしかにイケメンではあるけれど、なにがすごいのか、どこが魅力的なのか、さっぱり伝わってこない。あれでは騒がしいだけで迷惑なやつらにしかみえんぞ。
まあ、2日続けてdisるのもいかがと思うので、もうやめておく。高良健吾さん演じる高杉晋作はなかなか格好いいし、これからに期待するとして。
話が逸れたが、今日のエントリーは、この月刊「松下村塾」のこと。創刊号に寄せた安倍晋三氏のメッセージを転載しておこう。
安倍総理は、父・安倍晋太郎氏のご葬儀で、吉田松陰の「四時ノ順環」を送る言葉として引用したことを披露し、つぎのように述べている。
「67歳で亡くなった父には67歳の中に自らの四季があったように思います。安倍晋太郎の死は、首相を目前に志半ばで惜しいというものではありません。政治家として、また一個人としての安倍晋太郎の生涯を全うしたのだと考えています。結果としてどのような物を残せたのかは父自身では知ることはできませんが、一番近くにいた自分が志を見て、受け継いで、またそれを伝えていくことで、安倍晋太郎の生涯は喜べる生涯だったのではないでしょうか……」
昨夜の NHK大河ドラマ「花燃ゆ」でも、この「四時ノ順環」が紹介されていたっけ。
春に種を蒔き、夏に苗を植え、秋に実り、冬には蓄える。
ひとにも同じように四季があります。
ひとの命とは歳月の長さではない。
それぞれ春夏秋冬があり、実を結んでいる。
私は30歳ですが、収穫の時を迎えたと思っております。
どうか一粒の籾として、次の春の種となれますよう。
吉田松陰先生が残した言葉には、たしかに味わい深いもの、心を奮い立たせてくれるものが、たくさんある。だから月刊「松下村塾」が成立するという。
それだけに、「花燃ゆ」はもうちょっと…ゲフンゲフン、失礼いたしました。
安倍総理はこれから政治家として、人生の四季における収穫の時期を迎えることになるのか? それはたとえ「一粒の籾」でしかないかもしれんが、どうか「美しい国」をつくるために、春の種まきをお願いしたい。
でも、変な種は蒔かないでおくれよ。
今日死を決するの安心は四時の順環にい於いて得る所あり。
蓋し彼の禾稼(かか)を見るに、春種し、夏苗し、秋刈り、 冬蔵す。
秋冬に至れば人皆其の歳功の成るを悦び、酒を造り、 醴を為り、村野歓謦あり。
未だ曾て西成に臨んで歳功の終るを哀しむものを聞かず。
吾れ行年三十、一事成ることなくして死して禾稼の未だ秀でず實らざるに 似たれば惜しむべきに似たり。
然れども義卿の身を以て云えば、是れ亦秀実の時 なり、何ぞ必ずしも哀しまん。
何となれば人寿は定まりなし。
禾稼の必ず四時を経る如きに非ず。
十歳にして死する者は十歳中自ら四時あり。
二十は自ら二十の四時あり。
三十は自ら三十の四時あり。
五十、百は自ら五十、百の四時あり。
十歳を以て短しとするは蟪古をして霊椿たらしめん と欲するなり。
百歳を以て長しとするは霊椿をして蟪古たらしめんと欲する なり。
斉しく命に達せずとす。
義卿三十、四時巳に備はる、亦秀 で亦実る、その秕(しいな)たるとその粟たると吾が知る所に非ず。
もし同志の士その微衷を憐み継紹の人あらば、 乃ち後来の種子未だ絶えず、自ら禾稼の有年に恥ぢざるなり。
同志其れ是れを考思せよ。