書こうか書くまいか、ものすごく悩んだんじゃが、やはり、鎌倉の太守のブログと称し、いちおう歴史系ブログをうたっている以上、やはりスルーすることはできないので、ちょっと書きとめておこうかと。畏れ多いことじゃが、他でもない天皇陛下の生前退位についてじゃよ。NHKの報道によると、陛下は、「憲法に定められた象徴としての務めを十分に果たせる者が天皇の位にあるべきだ」との意向をお持ちだという。
宮内庁は陛下が退位の意向をもっておられることを公式に否定しておる。それは、天皇の憲法上の立場を慮ってのことじゃろう。今回、リークというかたちで公になったことはわしもどうかと思う。そこにどのような立場の人のどのような意図がこめられているのかの邪推は差し控えるが、いずれにせよ、陛下ご自身がそうしたご意向をお持ちなことは確かなんじゃろう。
で、この生前退位の問題・フジテレビの番組が「生前体位」とテロップを出したのは論外として、まず「生前退位」という表現が不敬というか、どうもしっくりこない。ミカドを島流しにしたわしが「不敬」なんて言葉を使うと片腹痛いといわれるかもしれんが、それは置いておいて、わしらの場合は、やはり「譲位」という言葉のほうが馴染みがある。それに、わしらの時代には「譲位」なんて当たり前のことじゃったし、光格天皇をさいごに200年以上行われていないとはいえ、日本の長い歴史からすれば、それは大した長さではないからな。陛下もお元気とはいえご高齢じゃし、健康面から公務の遂行に不安をもたれたているのであれば、これは配慮があって然るべきじゃろう。秋篠宮殿下も天皇の「定年制」を提起されたこともあったわけじゃから、ご皇室の間では真剣に話をされているのじゃろう。
天皇の退位を実現するためには皇室典範の改正が必要となる。現在の皇室典範では天皇が崩御した時のみ、皇太子が世襲で即位することが定められており、それ以外の理由で退位が行われることを認めていない。つまり、言い方は悪いが「死ぬまで働け!」ということになっているわけじゃな。天皇も生身の人間じゃからこれではまずかろうということで、過去の国会審議でもこの問題は何度か議論されたが、そのたびに歴代の宮内庁担当者は、退位が認めらない理由として、つぎの3つをあげている。
たしかに歴史上、保元の乱では崇徳上皇と後白河天皇が対立したし、後醍醐天皇と敵対した足利尊氏は光厳上皇の院宣を得て、南北朝の騒乱が起きたりしている。また蘇我氏や藤原氏など、政治的意図によって天皇を退位させた例もあるし、わしら武家も武力をもって天皇の皇位継承に直接間接に関与してきた。足利義満なんぞは皇族でもなんでもないのに強大な権力で朝廷を牛耳ったことから、死に際して太上天皇の尊号を贈られたりもしている。このときは後継の足利義持が辞退して事なきを得たが、まさに由々しき事態じゃな。江戸時代には、徳川将軍となにかと意見が合わなかった後水尾天皇が抵抗の意を表する譲位を行い、幕府の統治にダメージを与えようとした紫衣事件もおこっている。
そうしたことから、帝国憲法と旧皇室典範の草案作成と討議がなされた「高輪会議」(伊藤邸があった)で、伊藤博文はこう語ったという。「一たび践祚し玉いたる以上は、随意に其位を遜れ玉うの理なし。抑継承の義務は法律の定むる所に由る」と、天皇の退位や上皇の存在を認めなかったという。明治国家は神武創業への原点回帰を掲げていたこともあり、当然の判断じゃったろう。
もちろん、現代では中世のような争いが起こるとは考え難いし、後醍醐天皇じゃあるまいし、「朕が新儀は未来の先例たるべし」と天皇親政のための政変を起こす皇族が出てくることも想像し難い。とはいえ、太平洋戦争終結前夜、軍部がクーデターを起こして昭和天皇を退位させ、弟宮を即位させようと画策していたという話もあるし、そこまでではなくても、天皇の退位が政治利用される、天皇あるいは上皇(太上天皇)が政治に関与する道がひらかれる可能性は0とはいえないだけに、どうしても慎重な議論が求められるというわけじゃな。
今回の「生前退位」の報道だけでも、参院選直後で憲法改正が注目される中、「官邸は改憲に反対する天皇陛下を退位させようとしている」とか、「天皇陛下は日本国憲法を守ろうとして、改憲をすすめる安部首相に反発するために退位を表明された」などといいだす人も出てきておる。もちろん、そういう発言そのものが御法度なんじゃが、とはいえ、国論を2分するような問題が起こっているタイミングで「譲位」がなされたりすると、そうした憶測邪推が世論に影響を与えることは当然、あるじゃろう。そんな、めんどうくさいことがおこって象徴天皇制が不安定になるくらいなら、いざというときに摂政がおける現行制度でいいじゃないか、と、こういうことになるのかもしれん。
じゃが、現代は皇室典範ができた明治とはちがって長寿社会じゃからな。現行制度のまま、仮に20年後に皇位継承がなされるとすると、皇太子殿下は70歳半ばじゃからな。これもたしかにどうかと思う。そうなると、秋篠宮殿下がおっしゃる「定年制」というのがひとつのアイデアかもしれん。もちろん定年後の天皇は上皇となり、健康面などを考慮しながら、天皇の国事行為以外の公務を担っていただくのもよいのではないか。いずれにせよこの問題、棚上げにしてはいかんと思うぞ。
とはいえ……、本来、こういう問題がリークとして出てくるのはどうなんじゃろう。内々に宮内庁から内閣へ要請があって、議論が始まるのが本来あるべきカタチだったように思うが、いかがかのう? まあ、それはそれで、いろいろと邪推されちゃうわけじゃがな。